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Keeju

Author:Keeju
故.ルイス・ジョンソンを神と崇める中年ベース親父。ライフワークとしてルイス風チョッパーのフォロワーを目指す。

製作スピードは人一倍遅いが、ときどき模型寄り。

実はすでに五十路ナリ。


※本文と関係のないコメントや不審なリンク付きのコメントは、悪しからず削除させて頂く事があります。

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バッファロー号 ファクト その二
さて、バッファロー号の真実、続きです。
今回はいよいよあのトレードマークについてです。

◎荷台イラストの秘密

『火曜日のあいつ』当時の美術スタッフで、栗山氏という方がいらっしゃいます。



栗山氏はTBSや東宝などに属さない、所謂フリーランスの美術スタッフ。
先般、火曜日師匠のK口氏が直接お会いして話を伺ってきた所によると、バッファローのイラストデザインはこの栗山氏の手によるものだそうです。



以前このイラストについて、サントラLPにクレジットのあった箕輪氏のデザインではないかという記事を書いたことがありました。
それはそれでちょっと引っかかる部分もあるのですが、どうやら間違いだったようです。お詫びして訂正致します。m(_ _)m


で、このバッファローのイラスト、あの頃ならば絶対にペイントだろうと思っていましたが、なんとシール紙を貼っていたんだそうです(当時カッティングシートってあったんでしょうか?)。
それを裏付けるこんなエピソードがあります。

火曜日のあいつ、ドラマ第1話では設定上バッファローのイラストはまだ入っていません。



バッファローのイラストは新生中原運送店の仲間たちの団結のシンボルとして、第1話のラストで初めて荷台に描かれるのです。



しかしながら、オープニングタイトルバックのバッファロー号は既にイラストが入っていますね。



手順を普通に考えると、
◯まずイラストを入れる前段階の白箱バッファロー号を製作 → 第1話の撮影 → 撮影終了後にバッファローのイラストを施す → 完成形バッファロー号でタイトルバック用の空撮を敢行ー
という段取りを思い浮かべますが、実際は想像を遥かに超えていました。

現実はこうです。
◯イラスト入りバッファロー号完成バージョンを製作 → ヘリによるタイトルバック用の空撮 → その後イラストを一旦剥がす(!)→ 白箱状態にして第1話の撮影 → 第1話撮影終了後、速攻でイラスト貼り直し → 第2話以降の撮影ー
と、ちょっと信じがたいですが、このような流れだったそうです。

おそらく、イラスト全体のバランス確認や細部の検討、また番宣資料の撮影などで、本編クランクイン前に、一旦バッファロー号の完成形を作る事は必須だったのでしょう。
大型トラックの荷台三面に描かれた巨大なイラストをピースに分割し、貼って剥がしてまた貼ってというのは考えただけでも相当な労力だと思うのですが、それでも撮影スケジュールなど諸々の事情により、上記のような段取りが最善との判断に至ったようです。

まぁ最終的に美術スタッフにシワ寄せが行ってしまったような感じですね。


ちなみにタイトルバックの空撮シーン(オープニングとエンディング)は東名高速道路下り線、主に静岡の富士川SA~蒲原~由比~興津あたり。

由比付近





蒲原の段違い





薩埵峠付近





興津川





更にこの先を進んでいくと第1話のロケ地である焼津がありますが、東名空撮と焼津ロケを同じ日に行ったのかは不明です。
実は第1話の中で焼津からの帰路で白箱バッファローの空撮シーンが少しあるのですが、この辺りの事は現在検証中なので何か発見がありましたらまたの機会にレポートします。

とにかく無茶振りをされた美術スタッフの方々、ご苦労様でした。


◎冷房車

拙作のバッファロー号はドラマ初期を参考にしておりますが、バッファロー号に当初エアコンは付いていませんでした。
前述のように北海道出身ということで、そもそも必要なかったのかも。



そんな訳で初期仕様でエアコンのステッカーは間違いです。(しかも本来は左側_| ̄|○)

ドラマ収録も涼しいうちは良かったのですが、だんだんと暑くなってきます。たまたま撮影の見学に来ていた三菱ふそうの関係者の方が、汗だくで車内演技をする役者さんを見てこりゃいかんと。FUには快適なエアコンの設定もありますよ的なアピールが必要と考えたーーのかどうか定かでないですが、エアコンの取り付けを申し出てくれたとの事です。(瀬戸氏談)

そのエアコン車のステッカーに関する変化が顕著なのが第16話『トラックラリー 夜明けのコーヒーに気をつけろ』の回。
回全体を通してエアコン車のステッカーがあったり無かったりしています。





実はこの回、特撮でなく実車で渡河を強行するシーンがあります。
比較的浅い川ではありますが、水に思い切り突っ込んだバッファロー号はラジエターにダメージを食らってしまいました。
本編では何事もなかったかのようにラリーを継続するのですが、実際にはファンとラジエターが干渉してカラカラと異音が出ている状態。

おそらく三菱の方に修理に出したと思いますが、エアコンステッカーの出現時期を考えると、このラジエター修理の際、ついでにエアコン取り付けを行なったのではないかと想像できます。

◎追加されたエアホーン

さてバッファロー号。シンプルな初期の仕様に対し、番組中盤からはルーフキャリア左右に赤いエアホーンが、アンドン周辺にはマーカーランプが追加されています。





本来なら支払いカツカツの中原運送店に、エアホーンなんぞ取り付けてる余裕など無いはずなんですがね。

ではどんな経緯で追加されたのか?
実は前述のラジエター修理のように整備などで三菱に出した際、好きモノの整備士が気を利かせて何かしら余計な物を取り付けてきたようなんですね。(瀬戸氏談)

『絵が繋がらないからキャリアの内側に付けて』と意見するも『こっちのほうがかっこいいから』と、あの位置に取り付けられちゃったのだとか。(瀬戸氏談)
それでもNGとならず、そのままで撮影が続行された事はなんというか良い時代だったんだなぁ。
(マーカーについては、夜間あまりに地味なので東宝側が付けたと言う説もあり)

ちなみに第11話の時点ではエアホーンのみ追加されていました(メッキ仕様だったのね)。



◎か-3636とは?

バッファロー号本来のナンバーと、


お馴染みの劇用車ナンバー(手書き)。


放送当時は本物だと信じていたので「か-3636」とは「火曜、見ろ見ろ」と読める、偶然にしては上手い数字だなと思っていました。その後、劇用ナンバーだったという事実が判明してからは、語呂合わせ説は想像から確信に変わりました。
が、真相は違いました。

瀬戸氏によるとその読み方は「サブロク サブロク 」。
オイチョカブで言う所の一番良しとされる数、9=カブとなる数字の組み合わせなんだとか。

花札好きな美術スタッフが、ドラマヒットのゲンを担いで(?)付けたナンバーだったのでした。

◎原作本の作者は…

さて最後に。バッファロー号の話ではありませんが、この本について。



一応原作本とされてはいますが、ドラマの脚本はすべて書き下ろしなので所謂原作というものは存在しません。
この本に書かれているエピソードはいずれもドラマ放送されている話に準じているのですが、登場人物やシチュエーションなど若干設定の異なる部分があり、シナリオともちょっと違います。

シナリオの前段階の脚本とか原稿とかをノベライズしたのかな?と勝手に想像したりしていますが、火曜日のあいつの脚本って数名の方が書かれてるんですよ。

そうすると疑問なのがこの本の作者「祖師谷大三」氏。
火曜日のあいつの脚本家にこのような方はおらず、この名前で検索かけても一切ヒットしません。

じゃあ一体誰なの?

実は当時特撮を担当していた「日本現代企画」が東京都狛江市に、中原運送店のセット撮影などを行なっていた「国際放映」が世田谷区砧にありました。
で、その近くに「祖師谷大蔵」という駅がありましてですね…





お後がよろしいようで。m(_ _)m



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火曜日のあいつ | 23:54:08 | Trackback(0) | Comments(2)
バッファロー号 ファクト

我ながらよく続くなぁと思いつつ、また「火曜日のあいつ」についてのハナシ。
今回はちょっと妄想をしてみたいと思います。


さてさて、関係各方面の方々からの証言や新たな資料で、バッファロー号のいろいろな真実(一部推測)がわかってきました。
拙作の火曜日のコイツも、いろいろな矛盾点があぶり出されてしまってちょっと動揺しております(^_^;)。




何にしても「火曜日のあいつ」の映像が公に出回っていない以上、おぼろげな記憶しか無い方や、そもそもドラマを見たことが無い方々にはあまり伝わらない、どうでもよろしい話かもしれないですが、少しでも需要があると信じて今回も掘り下げていきましょう。


◎「最初の候補はトレーラーだった?」

まずは「火曜日のあいつ」企画段階の話。
バッファロー号の候補として三菱から車両を調達するという事はどうやら決まっていたようなのですが、当初は4トン車や8トン車、又はトレーラーを使用するという案もあったようです。
ご存知のように最終的にあの大型冷凍バンの単車となったのですが、当初の宣伝材料に描かれていたバッファロー号はなんとトレーラーでした。




この番宣イラストの存在を知ってから長いこと探していたのですが、pishipishiojisanさんが当時の雑誌切り抜きをお持ちでした。ある所にはあるんですね。

さてこのイラスト、石橋正次(敬称略御免)がハチマキに赤いマフラーだったり、由美かおるがやたら色っぽかったり、本編にはあまり登場しない役者さんがクレジットされていたりと、まだ細かな設定が煮詰められていない様子が伺えます。

ただバッファロー号に関しては、サイドバンパーの構成や冷凍装置、後付フォグランプなどのディテールがかなり具体的で、劇用車として完成したバッファロー号をモデルにしている可能性が大。

ならば何故トレーラーなんでしょ?しかもダブルドライブの重トレ。
企画最後の方までトレーラー推しの空気があったのか、ただ単にイラスト発注時の伝達不足か。
その辺は不明ですが、もしかしたら「12トン」という不可解なキーワードもこの辺りから出てきていたりして。(勝手に想像)

トレーラーのバッファロー号も捨てがたいですが、実際問題として撮影場所が限られてしまったりするので難しいですかね。
動きやすいヘッドだけのシーンが多くなったりするとイラストも見えないし。

あ、ちなみに、テーマ曲「ブルファイト」のEPレコードのライナーは、このイラストを元にしたと思われるです。





◎「あのトラックと兄弟だった?」

紆余曲折を経て、最終的に決定したのがこの大型冷凍トラック。



これはある本によると、北海道の三菱が提供したという記述があります。
当時の吹き替えドライバー、瀬戸氏の話では、車両を持って来た時点でツートンカラーだったとの事で『北海道↔︎九州』の文字も入っていたそうな。
それを考慮すると、廃業した運送屋から引き揚げた車両なのかもしれません。(なんか中原運送店みたいな)

ただ、もしかしたら下半分はグリーンでは無くブルーだったという可能性もあります。
その根拠はサントラLP付属のこのポスター。


(ちょっとトリミングしてます)

下の方のバンパーコーナーに擦った後があるのですが、そのキズが青いのです。まぁ擦った相手の色という可能性もあるのですが、それは置いといて。
バッファローのイラストの赤黄青のの一部とカブるので、下半分の青をグリーンに塗装し直したのではないかと見る向きもあります。

ただ、北海道↔︎九州の文字が下と同じグリーンですから、最初からツートンだったとするとやはり下はグリーンだったのかな?とも考えられますけどね。


話は飛びますが、もう一台同じふそうFU冷凍車で有名なのが、ご存知2代目一番星号。


(一番星号はシリーズ二作目から最終作まで同じ個体を使用しています)

一番星号に関してはあまり知識が無いので多くは語りませんが、イベント等で実車を観察してきた方から聞いた話では、この個体も上塗り塗装の下にツートンの塗り分け跡らしきモノが確認できたそうです。その塗り分けラインはドアハンドルの部分で、一部剥がれたペイントの下にはブルーの塗色があったそうです。(あくまで聞いた話です)


2代目一番星号が北海道にあった新古車をベースにしているのは有名な話ですが、バッファロー号もまた北海道出身。
トラック野郎二作目が76年の正月映画で火曜日のあいつ放送開始が76年4月という事で、中古車として調達した時期も近いです。
架装されているアルナ工機の冷凍バンボディは、当時の最新素材を使用した新タイプだそうで、ちょっと希少。荷台の細かなディテールも酷似しています。

なんかバッファロー号と共通する部分が多いですね。

これらの事から推測すると、もしかしたらバッファロー号と一番星号は同じ運送会社から売却された兄弟車だったのかもしれません。

まぁこの辺りは想像の域を出ませんが、あながちありえない話ではないかも…と思いませんか?



さて、ちょっと一息。妄想に胸を膨らませながら次回に続きます。








火曜日のあいつ | 22:14:08 | Trackback(0) | Comments(2)
こんな事ってあるんです
今回もマニアにしか伝わらないネタでございますm(_ _)m。御免。

相変わらず「火曜日のあいつ」!「バッファロー号」!と、飽きもせず騒いでいる五十路オヤジですが、しつこく発信し続けておりますとこんなミラクルも起きるというお話。

さて先日のこと。以前にもご紹介しました『火曜日のあいつ』師匠、K口氏からのお誘いを受け、市内のファミレスに向かいましたところ…



おー、バッファローキャンター。

実はK口氏、ある方とご一緒でした。どなたかと言いますと…
ジャン!



サインもらっちゃった(ミーハー御免)

え、誰かって?ほれ、エンドロールにお名前が。

(画質悪いからOKかと)

そう、以前にちょこっと紹介いたしました、当時吹き替えとしてバッファロー号のハンドルを握っていた、スタントドライバーの瀬戸克さんその人だったのであります。

かれこれ40年以上も前、ブラウン管の向こう側で憧れのトラックを実際に運転していたその人にお会いできるなんて思ってもいなかった訳で、もうワタシにとってはまるで夢のような出来事。
セッティングして下さったK口師匠にはただただ感謝。その情熱と人脈、恐るべしです。(後述しますが、信じがたい偶然もちょっと絡んでいたりします)

短い時間でしたが、3名で食事しながらいろいろなお話を聞く事が出来ました。

当時瀬戸さんが所属していたのはセキトラカーアクションというチーム。当時の刑事ドラマとか特撮モノなど、特に太陽に吠えろとか見ていた世代には聞き覚えのある名前ではないですかね。
瀬戸さん、カーアクションの吹き替えはもちろん、変わった所ではウルトラセブンのポインター号の操演もやったそうで、ギアが壊れてバックしか出来なくなったポインターで、山道を延々とバック運転した経験があるとのことでした。

単発でカーアクションだけお呼びの掛かる一般的なドラマと違い、火曜日のあいつはバッファロー号が準主役。必然的にドライバーの瀬戸さんはほぼ毎回収録に参加している訳でして、やはりそれは珍しいケースなんだとか。

当然スタッフや役者さんと過ごす時間も長い訳で、瀬戸さん自身も火曜日のあいつには特別な思い入れがあるそうです。

瀬戸さんは大変気さくな方で、一視聴者のワタシの質問責めにも熱心に答えてくれました。
タイトルバックでのヘリによる空撮や一般道での渋滞の撮影、はたまた地方ロケでのどんちゃん騒ぎなどなど、時効とはいえココで紹介するのはちょっと…(^^; と言う秘話がいっぱいでしたが、総じて言えるのは、良い時代だったんですねぇ~と言う事。

コンプライアンスでガチガチに締められた現代では、当時のようなやり方でのドラマ製作ははもう出来ないんでしょうね。


最後は拙の作ったバッファローと記念撮影。懐かしいねぇと、大変喜んでいただきました。



コレを運転していた方なんだよなぁ~とつくづく。

ちなみに瀬戸さんの被っているアポロキャップはK口師匠所有のもので、辰也役の石橋正次さんが被っていた物と同じデザインです。



瀬戸さんも、ン10年ぶりにこの帽子を被る訳で、マニアには感慨深いものがあります。


で、なんでまた東京在住の瀬戸さんがわざわざワタシの住む地方へと出向いて来られたのかと言うと、ここがミラクル。
なんとワタシの住んでいる同じ町内に瀬戸さんのご親戚があるそうで、昔からちょいちょい遊びに来ていたのだとか。
今回もそのご親戚を訪ねたついでに、ワタシと会う時間を作ってくれたという次第で、なんというかもうちょっと信じられないような偶然。
だからもしかしたら、今までに知らずにニアミスをしていた可能性もあったりしてと思うとただただびっくり。これも何かの縁でしょうかねぇ。


K口師匠と瀬戸さんのお二人、実は前日にこれまた当時を知る関係者、美術担当のK山氏を訪ねておりまして、そこでもいろいろなお話をしてきたようです。あぁ、マニアってスゲーなぁ。


瀬戸さんとK山氏のお話、K口師匠の掘り下げから、バッファロー号についての興味深い事実がわかりましたので、それはまた次回に続きます。

火曜日のあいつ | 00:21:51 | Trackback(0) | Comments(5)
火曜日の徒然
ほぼライフワークと化した感のある「火曜日のあいつ」ネタ。不定期ではありますが、継続は力なりです。今後もちょいちょい上げて行きますよ。

てな訳で最近のネタをまとめてみました。


その1 新聞

火曜日のあいつ絡みで検索するとよくヒットするこの画像ですが…



前にも書きましたが出処はワタシです。番組タイトルがコラージュされているのもワタシの仕業。(今のところ何も苦情はありませんな)


これは昭和51年当時の地元ローカル新聞、日曜版の特集記事での写真を後生大事に保管していたモノなんですが、付随する記事の部分がありません。

で先日、ふと思い立って試しに地元の図書館に行ってみたところ…

ありました。



いやぁ、びっくり。まさか当時の新聞そのものがあるとは。

このカラー写真が新聞に掲載されたのは本放送が始まった火曜日(昭和51年4月20日)の翌日曜の事。ワタシ、本放送前の日曜にコレを見たと記憶していましたが、どうやら勘違いだったようです。

ちなみに図書館などでは過去の新聞記事は「縮刷版」という本の体裁になっているのが一般的で、地元図書館でもY売とかA日とかは縮刷版を置いてあります。
が、地元ローカル紙に関しては当時の新聞そのものを保存。一月毎にまとめてファイルしてありました。

そうとは知らずに6カ月分も閉架から出してもらったもんですから、クソ重い古新聞の山がストレッチャーみたいなヤツで運ばれて来まして、周りの視線を集めてしまいました。


とはいえせっかく出してもらったんですからね。ついでにいろいろ発見してきましたよ。



この大きな広告!新番組という事で、当時は結構力が入っていたんですねー。

放送開始当日の朝夕刊、両方とも写真付きで番組紹介されています。





破格の扱い。

たまにドラマのこぼれ話的なコラムもあったりして。



こうして見ると番宣用の写真って結構用意されていたんですね。

残念ながらシリーズ後半では紙面に番組紹介の無い日もあったりしたのですが、最終回ではちゃんと写真付きで見どころ紹介されていました。

当時地元では民放は2局しかなかったんですよねぇ。その頃、新聞は番組欄しか見てなかったですから、今見ると昔の新聞って面白いです。

さすがに全部目を通す時間はなかったので、また時間があったら行ってみよう。
またアレを引っ張り出してもらうのは少々気が引けますが。
(一応文章には画像加工しました。読みたい方は図書館へGO)


その2 ステッカー

唐突ですが、初代からの仮面ライダー世代です。
毎週登場するいろいろな怪人の中で、ちょっと異色で子供たちに人気があったのが、いわゆるニセ仮面ライダーという一団。



本物(中央)と比べるとマフラーやブーツ、グローブの色が違いますね。なんとわかりやすいニセモノ具合なんでしょ。
仮面ライダーに限らず、ウルトラマンなどでもニセモノは登場していましたが、いずれも子供向けのカンタンな間違い探しで見分ける事ができていました。




そう、ヒーローにはニセモノが付き物だったのです。

ちょっと強引ですが、さて、もし火曜日のあいつに「偽バッファロー」 が登場したら? という話。
そんなマニアックな想像を掻き立てるのがこのステッカー。



どうでしょう?この微妙な感じ。

ちなみにこちらが本物。



本物と比べると、なんだかなぁ~って感じですが、『ニセバッファロー号現る!』という見方をすると、外し具合がなかなか絶妙なんでない?と思えてくるからファンなんて勝手なものです。

実はこのステッカー、火曜日ファンにはよく知られた逸品でして、当時模型屋さんなどで販売されていたようです。もちろん非公式。
ドラマは記憶にないけど、このステッカーは模型屋で見た事あるなーって方もいらっしゃるかと。

残念ながらワタシは当時巡り会うことは無かったのですが、先日オークションでポチッとな。
まぁこんなモノ、誰も興味ないだろうと思っていましたら、意外や結構な入札が。同好の士は結構いるんですねぇ。
競った皆さんごめんなさい、落としたのはワタシです。m(_ _)m。

でもご安心くださいませ。このステッカー、このようなブログネタ以外には、ほぼ使い道ありませんので。はい。


その3 マニアの集い

以前ちょっと紹介しました隣市の火曜日マニアのK氏と、プチオフ会をやりました~。(と言っても晩飯食っただけですけど。)

ほぼ火曜日ネタだけで数時間。お互いこんなの初めてで、実に楽しいひと時でした。

以前触れたように、K氏は中学時代にドラマロケ地に突撃しています。
ワタシが一番気になっていたのは、地方の子供が如何にして当時の撮影現場を知り得たのかと言う事でしたが、答えは単純明解。テレビ局に電話して制作会社を教えてもらったそうです。

「バッファロー号はどこにありますか?」「〇〇消防署の隣の敷地にあるよー」とアッサリ居場所をゲット。
てか、そんな簡単に教えてくれたんですねぇ。今では考えられないですね。

で、K少年が頑張って会いに行った生バッファロー号がこちら!
ジャーン!



コ レ は 貴 重 で す よー。

当時のK少年の興奮たるや、さぞ凄かったんだろうなと想像します。
しかしこんな無防備で駐車してあったんですねぇ。まぁデカイから隠すのも大変か。

K氏からはこの写真を当ブログに上げる事を快諾していただきましたが、諸事情で真正面からの画像は避けています(自主規制)。悪しからず。

しかしながらこの写真の情報量の多い事。
ワタシが以前製作した個体と比べると、この写真のバッファロー号はルーフキャリアの両脇に赤いエアホーンが付き、アンドンの周囲にマーカーランプが追加されています。所謂ドラマ後期の仕様ですね。細かい所ではフォグランプのボディが黒くなっています。

バッファロー号製作記の中でもちょっと触れていますが、キャブの上側のアイボリーは、やはりちょっとグリーンがかっているように見えますねぇ。
以前、こんなキャブの色のバッファロー号の作例を見た事がありますが、その製作者様はもしかして実車を見た事があるんでしょうか。

そして何よりもこの白ナンバーの1816。
これも製作記で触れていますが、コレがこの個体の実際の登録ナンバーです。
バッファロー号のアイデンティティ、か-3636がフェイクだったのがバレてしまいましたね。

実はもう一つ大きな違いがあるんですが、マニアック過ぎるのでここでは割愛。

しかしこれじゃ当時、近所の子供は実物見放題でしたな。なんとも羨ましい限りです。
きっとK少年のように写真をバシバシ撮っていた子供もいた事でしょう。
この写真がきっかけになって、そんな懐かしい写真が少しでも出てくるといいねぇ~とはK氏の談。

マニアの集いの内容はまだまだこんなものではなく非常に濃い~のですが、ここでは紹介しきれないのでまた機会を見て上げていくことにします。


動画なんかもそうなんですが、もうちょっと当局のチェックが優しくなるといいんですがね~。







火曜日のあいつ | 00:24:33 | Trackback(0) | Comments(3)
マニア道は深いどー
久々登場、バッファロー号。



小6の時にハマった「火曜日のあいつ」が忘れられず、当時からの念願だったバッファロー号の模型を製作したのが2013年の事。
自分なりの実車考証(想像とも言う)や模型製作過程をブログに上げたりしたことで、同好の士の方々からは多少名前を知られるようになってはおりますが、ワタシとて「火曜日のあいつ」の単なるファンの一人に過ぎません。

当ブログにも「火曜日のあいつ」絡みで多くの方に訪問を頂き、またわざわざ静岡ホビーショーの作品展のほうに足を運んでくれる方もいて、好きモノ同士、懐かしさを共有できるのは嬉しい限りです。

そんな繋がりのきっかけになってくれているのはやはりこのバッファロー号。



今後とも、ワタシの名刺がわりに作品展ブースの片隅に並べ続けたいと思っています。


「火曜日のあいつ」はドラマとしての認知度が今ひとつでファン人口は決して多くありません。しかしその分、熱い思いを持った方が多く、皆さんさまざまな手法で憧憬の具現化をされています。

バッファロー号に関して言えば、当然ワタシ以外にも模型製作されてる方はいらっしゃる訳でして、中には中原運送店のジオラマを作った方や、1/14サイズのラジコンを作っている方も。
また、オリジナルでバッファローのロゴ入りジャンパーを仕立てた方などもいらっしゃいました。


さて本題。先日、ホビーショー会場でお会いしたK氏もそんなコアなファンの一人ですが、K氏の場合はコレ↓



なんと~!バッファロー号ですよバッファロー号!オラもこんなんして乗りたかった~。(≧∀≦)

ここまでやるならナンバーは36-36じゃないの~? と、思うでしょ?
実は知る人ぞ知るですが、18-16というのはバッファロー号の本当のナンバーなんですねー。マニアック過ぎます~。

K氏はワタシより2コ上なので、本放送当時は中学2年生
今ではほぼ同年代のくくりかと思いますが、当時の小6から見た中2というのはかなり大人。それは行動にも現れていて、なんとK氏、当時ロケの行われていた世田谷区某所まで生バッファロー号を見に行ったそうです。更には特撮のスタジオにも突撃して撮影を見学して来たとか。
いやはや凄い行動力。情報の少ない当時、一体どうやって場所を特定出来たのか定かではありませんが、こんな経験をお持ちのファンはそうそういないんじゃないでしょか?

しかもK氏、本放送終了後も熱が冷めやらず、もっと深く掘り下げたい一心でその業界に飛び込み、今では撮影の仕事が生業。
仕事の人脈から当時の番組製作スタッフなどと交流を持ち、ドラマ製作の裏話などをいろいろ聞いているそうでして、もうファン道ここに極まれりと言った感じです。

その証拠写真の一つがこちら



K氏のバッファロー号の前に佇むこのお方、なんと当時バッファロー号のスタントドライバーだった 瀬戸 克 氏その人なんでございますよ。(ご本人より顔出しOKを頂きました。瀬戸さん、ありがとうございます!)

こちら当時の雑誌より。



いやはや、よく捜し出したというかなんと言うか。このネタで興奮する方はマニア度高いですよ~。火曜日ファンにはちょっと感動モノのショットであります。

「圭介」や「辰也」に憧れてトラックドライバーになった方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、K氏にとってもまた「火曜日のあいつ」は、まさしくその後の人生を方向付けたドラマだったんですなぁ。

いやー、いろんな方がいるもんです。奥が深いですね~。
火曜日ネタ、まだまだ完結しなさそうです。



火曜日のあいつ | 18:51:29 | Trackback(0) | Comments(4)
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