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Keeju

Author:Keeju
故.ルイス・ジョンソンを神と崇める中年ベース親父。ライフワークとしてルイス風チョッパーのフォロワーを目指す。

製作スピードは人一倍遅いが、ときどき模型寄り。

実はすでに五十路ナリ。


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巨星墜つ ~ ジョージ・デューク逝く ~
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当ブログの『ルイスジョンソン寄りアルバムレビュー』のカテゴリでも何度か紹介させていただいたキーボーディスト、ジョージデュークが、去る8月5日の月曜日、LAの病院で亡くなりました。享年67歳。

慢性リンパ球性白血病という病いを患っていたと伝えられていますが、昨年末にもスタンリークラークとのデュオで来日しており、まさかそんな病気と闘っていたとは思いもしませんでした。
突然の訃報に、ただただ驚いているところであり、御冥福をお祈りする次第であります。

ジョージデュークは、ワタシのフェイバリットベーシストであるルイスジョンソンとスタンリークラーク両名にとっても関わりの深いキーボーディストであったので、ワタシにも馴染み深いアーティストでありました。

彼を知るきっかけとなったのは、当時FMで聴いた《ライブアンダーザスカイ》での『クラーク・デューク・プロジェクト』の演奏。
特に「ブラジリアン・ラブ・アフェア」という曲で、現在のボイスパーカッションの先駆けのようなパフォーマンスを聴かせていたのですが、それがまた無茶苦茶カッコ良くて、一発でハマってしまいました。その時の「スクールデイズ」はYouTubeで見ることができます。
以前はスタンリークラークの公式サイトでも聴く事が出来たのですが、残念ながら現在はなくなってしまったようですね。そのスタンリーのサイトでは、早々にジョージへの追悼コメントが綴られていました。

彼の代表的な曲、『シャイン・オン』は今でもよく聴いている大好きな曲です。
その頃はバイロン・ミラーというベーシストとよく共演していまして、『シャイン・オン』のベースも彼のプレイ。
パッシブベースのペタペタしたチョッパーがまたいいんですな。
この定番『シャインオン』は80年代の来日コンサートでもラストに演奏され、ツアーメンバーだったルイスジョンソンの破壊的チョッパーとあいまって尋常じゃない盛り上がりを見せていました。

思えばワタシがライブというのに初めて足を運んだのが83年のジョージ・デュークの来日公演。
本物のエンターテイメントの衝撃をを初めて食らったのも彼が最初でした。


スタンリークラークとの共演は、『クラーク・デュークプロジェクト』をはじめ、お互いのリーダーアルバムでもしょっちゅう手合わせをしています。
クラークデュークと聞いて印象に残っているのは、1990年の日本公演。
川崎市の某ホールでの公演を仕事を休んで見に行ったのですが、プロモーターが下手こいたのか、申し訳ないくらい客席はガラガラ。
気難しいアーティストなら怒って帰ってしまいそうな状況でしたが、そこはさすがプロのエンターテイナー。
彼らは数曲を演奏すると「みんな前に来いよ!」と、観客をステージ前に集め、さながらライブハウスのようなノリで会場を盛り上げてくれたのです。
もう20年も前の話ですが、自分達を見に来てくれたお客さんには絶対がっかりさせないというプロ意識の高さを感じましたね。何より自分たちも楽しそうに演奏してたのが印象的でした。

最新のアルバムも先月リリースしたばかりで、YouTubeでもそのメイキングやインタビュー映像を見ることができます。
さすがにおじいちゃんになったなぁーと感じますが、とても生き生きとして元気な様子を見ていると、亡くなった事が未だに信じられません。

改めて御冥福をお祈りします。

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音楽的な日記 | 23:42:47 | Trackback(0) | Comments(6)
コメント
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2013-09-03 火 17:37:38 | | [編集]
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2013-09-12 木 18:53:26 | | [編集]
残念です
ジョージ・デューク、逝去されていたんですか。
67歳じゃ、まだまだ若いモンだったのに残念ですね。

私のとは違いますが、広い意味で同じ病と戦っていたということで、残念でなりません。
幸い私のはいい薬が開発されたので、今もこうして普通の生活ができていますので、
早くリンパ性の方にもイイ薬が開発され、同じ病で闘病中の方が一人でも多く救われると良いですね。

話が逸れてしまいました。
師匠から「シークレット・ランデブー (Rendezvous)」を勧められて、当時LPレコードを買ってから、私もお気に入りのアーティストでした。
今もカーナビにこのアルバムを入れて聴いてます。

ご冥福をお祈り致します。

2013-09-19 木 08:26:17 | URL | ひな親父 [編集]
惜しい方を亡くしました
ひな親父さん、毎度です。
全くもって残念ですね。できればもう一度、スタンリークラークとのデュオを聴いてみたかったです。

シークレットランデブー、懐かしいですな。
確か学生時代、何故かオラがひな親父さんに『買って来て♡』と頼んだんですよね。f^_^;)
あのアルバムを聴くと、当時の青臭い自分が思い出されてちょっと切なくなったりしてしまいます。
全部を網羅している訳ではありませんが、あの前後にもイイアルバムがありますんで、また聴いていただきますよ(^_^)。

ひな親父さんのほうは治療が順調なようでなによりです。
お互いジジィですから無理は禁物ですな。お大事になさって下さい。
2013-09-19 木 12:27:21 | URL | keeju [編集]
合掌です
件のライブ映像、最高でしたね。
今まで曲は聴いたことはあったものの、映像は未体験でした。
ロイク音楽のノリに乗っていた時代の終盤って時期でしょうか?
やっぱし人間が生で演奏する音楽には、感動してしまいます。
増してやあのパフォーマンスですから、生で見たkeejuさんはぶっ飛んだことでしょうね。
本当に偉大なミュージシャンを失いました。
2013-09-28 土 19:52:31 | URL | omitsudesu [編集]
寂しいです。
omitsudesuさん、こんにちは。
本当に惜しい人を亡くしました。当時はブラコンと一括りにされていましたが、スタンリークラークなどと同じく、根底にジャズミュージシャンと言うしっかりした演奏力を持ち合わせていたので聴きごたえのある音楽が魅力でした。
特に、ワタシが初めて外タレのライブのせんれを受けたアーティストでしたから、おもいいれも格別なんです。
最近ようつべなどで、彼の古いセッションの映像などを見るのですが、とにかく楽しそうなんですね。
スタンリークラークが弔辞で彼の事を歩く天使だと表現していましたが、その言葉どおり、周りの人達もつい笑顔になってしまうような方だったようです。
2013-10-04 金 18:05:13 | URL | keeju [編集]
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