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Keeju

Author:Keeju
故.ルイス・ジョンソンを神と崇める中年ベース親父。ライフワークとしてルイス風チョッパーのフォロワーを目指す。

製作スピードは人一倍遅いが、ときどき模型寄り。

実はすでに五十路ナリ。


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『RUSH』
久々の映画ネタ。70年代のF1レースにおける実話を描いた『RUSH』を見てきました。

IMG_1054.jpg

メインの舞台となるのは1976年のF1シリーズ戦。史実が元になっているので、どのレースで誰がクラッシュするとか誰が勝つとか、大まかなストーリー展開はネタバレ済みと言うか周知の事実なんですが、レースなど全く知らない方のほうがかえって面白いのかも。

事実は小説よりも奇なりで、手に汗握る事請け合いな映画です。

かく言うワタシも当時は小学6年生。おりからのスーパーカーブームにどっぷりと浸かり、その延長線上に登場してきたフォーミュラカーにハマって行ったのは当時の男子に共通の経験なんじゃないかな?
特にこの年はタイレル(ティレルとは言わない)が、6輪車といういかにも子供達が食いつきそうな異形のマシンを登場させた事もあって、にわかF1ファンが増殖したのでした。

6輪タイレル タミヤ本社にあるP34

でもそこは小学生なので、車名やドライバーなど上っ面の知識を詰め込むだけ。

マルボロやJPSがタバコのブランドだったりelfが石油会社なんて事は全く知らず、チームやスポンサーなんて、なんのこっちゃか全然分かっていなかったですね。『マルボロマクラーレン』とか『JPSロータス』って、『トヨタカローラ』とか『ニッサンスカイライン』みたいな車名だと思ってましたから。

シリーズ戦ということもよく分かっていなかったので、最終戦で『◯◯が一位でゴール!総合優勝は△△!』って、いったい誰が勝ったの⁇という程度。
それでもたまに行われたTV放送では、異次元のスピードとサウンドの勇姿に、当時の男子は釘付けになっていたのでした。

で、この『RUSH』。まさに子供の頃夢中になったマシン達が現実に走り回るのですからたまらない。
撮影では現存する当時の実物(!)を実際に走らせているのですが、現代のF1と比べると音も挙動も荒々しくて良いんですよ。コレが。(^^♪

IMG_1052.jpg

また、当時はまだ無かったオンボード映像なども織り交ぜて、大迫力のレースシーンを再現しています。

シリーズ最終戦の舞台となった富士スピードウェイのディテールが?の部分もありましたが、6輪車のカウルにはちゃんと『たいれる』と書かれており、思わずニャッとさせられる場面も。

IMG_1053.jpg

まさに『コレが見たかったのよ!』といった感じの映画でした。

物語の主題であるジェームズ・ハントとニキ・ラウダの確執と友情についてはラウダ本人もお墨付きを与えたほど、リアルに描かれていたようです。その辺りはぜひ映画をご覧頂ければと。

IMG_1055.jpg

役者さんも実在の人物にソックリな雰囲気の方ばかりで、エンツォフェラーリなんて本人かと思ったくらい(あり得ませんがf^_^;)。
他にもスターリングモスや高原 敬武、長谷見 昌弘などの役名もクレジットされていたようですが、劇場では気付きませんでした。
その辺はまた映像ソフトが出たらじっくり見たいと思います。


ちなみに、今回一緒に劇場に足を運んだのは親友のひな親父さん。彼はこの76年の富士スピードウェイでの最終戦、なんと当時グランドスタンドで観戦しているんです(◎_◎;)。まさに時代の生き証人ですな。

映画を見終わったあと、一杯ひっかけながら当時の話で盛り上がったのは言うまでもありません(≧∇≦)。
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テーマ:最近見た映画 - ジャンル:映画

映画の話 | 18:59:01 | Trackback(0) | Comments(4)
コメント
唸りました
偶然、小生も先週RUSHを見に行ってきました。
素晴らしい映像作品で、BDが発売されたら迷わず買います。

1975年から車に狂ってしまい(サーキットの狼の影響で)、当然、あくる年の1976年には
日本で初めて開催されたF1GPに、もう夢中でしたね。
当時の小生は、洗練されたマクラーレンのフォルムにノックアウトされていて
他のマシンのフォルムが、まるでダメなデザインに感じられ、特に312Tの醜さにはがっかりしていました。
ただ、既製品のコスワースDFVを使っていたのが、ショックだったんですね。
参加チームの大部分が既製品のDFVを使っていたのですが、「なぜマクラーレンが!?」
みたいなエコ贔屓で見ていたんでしょうね。
当時76年のシーズン途中から、エアインテークのレギュレーションが変わりますね。
どのチームのマシンも、コックピット直後に、滑稽なぐらいのバカ高い
エアインテークを備えていたのに、シーズンの途中から、何の理由かわかりませんが
アレが使用禁止になります。
そして、マクラーレンはコックピットの直後にアノ「L字」のインテークを付けるんですよね。
また、あのL字インテークが、カッチョ良すぎで、マクラーレンMP23が美しく見える要因だと思います。
しかし、当時の日本グランプリの子供的な大きな話題と言えば、やはり「タイレル6輪」と
Made in Japan の「コジマエンジニアリング」のF1マシンでしたね。
コジマのマシンは、他のマシンより若干スリムで、真っ黒に塗られていて
スポンサーの広告が大して表示されていなかった硬派な印象でした。
御多分に洩れず市販のDFVでしたが。

まあ、当時入力されたうんちく知識は置いておいて、
あの映画のリアリズムには、唸らされましたね。
当然、当時のマシンの全ては現存していないのですが、ソノ無いマシンたちは
どうやら撮影用に作っちゃったようですね。
ハントとラウダに関しては、よくもまあ、これほどクリソツな人間を連れてきたな!
と思えるほどで、制作者の情熱がうかがえます。
「ブライアンジョーンズ・ストーンズから消えた男」と言うローリングストーンズ関連の映画も
本当にクリソツなキャスト揃いでしたが、RUSHにもビビりました。
富士のシーンでは、セリカを始め当時の国産車も映っており、嬉しかったですね。
(富士山の映像は、合成でしょうね。)
人間ハント、ラウダの性格も、興味深く描かれており、当時の雑誌等から得る情報で
ラウダは、緻密な計算を行うような人間と言うイメージでしたが、
ハントがロックミュージシャンのような、破天荒な人間だったなんて知りませんでしたね。
また、ハントが45才で亡くなっていたなんて初めて知りました。

あまりに感動した映画でしたので、こんなに長いコメントをつらつらと書き綴ってしまいましたが、
keejuさんのお仲間さんは、76年の富士GPをご覧になったのですね!
羨ましいかぎりでございます。
当時の我々の年齢では、チケットの入手方法も、現地までの交通手段はおろか
御殿場市や小山町が、どの辺にあるのかも定かではなかったと思います。
きっと、親御さんも車が好きではないと実現しなかった観戦だったのではないでしょうかね。
小生の、関東に住む音楽友達に77年の富士GPを当時住んでいた新潟から観戦に訪れた方が居ます。
77年と言うと、暴れん坊ビルニューブが大クラッシュを起こし、観客にも死人が出た事件のレースでしたね。

RUSH 本当に素晴らしい映画でした。
2014-02-16 日 08:39:10 | URL | omitsudesu [編集]
楽しかったですね
毎度です。
RUSH、ヨカッタですねぇv-8
ハントとラウダの間に、あれほどの経緯があったとは、全く知りませんでした。

親父がクルマ好きだったということで、あの最終戦を直接見に行けたのですが、
やはり小学生ということで、シリーズ戦の意味がよく分からず、
「アンドレッティが優勝じゃないの?」って聞いてた記憶があります。

確かラジカセを持って行って轟音を録音してきたはずなのですが、
さすがにそのテープは見当たりませんv-12
フォーメーションラップの段階で、その轟音にチビリそうになった気がします。

師匠には無理やり月曜日に休みを取らせてしまい、申し訳ありませんでしたv-436
久しぶりのv-307お酒も美味かったですねぇ。
また機会があったら行きましょう。
2014-02-16 日 17:04:20 | URL | ひな親父 [編集]
また見たいです
omitsudesuさん、こんにちは。

やはり見てきましたか、RUSH、良かったですね〜。

当時、個々のドライバーのキャラクターなんかは全然知りませんでしたね。ラウダは子供心になんとなく神経質そうなイメージがありましたが、ハントはまったくもってロックスターのようでしたね。
あんなに節操のない人物だったとは驚きました。

ワタシはomitsudesuさんほどF1に詳しくはなくて、なぜみんなエンジンにFORDと書いてあるのか“?”でした。
そんな中でミーハー的に好きだったのはJPSロータス。単に黒地にゴールドストライプのカラーリングがカッコよかっただけなんですけどねf^_^;)。
これは大人になってからタミヤの1/12を組み立てましたが、ゴールドストライプのデカールに泣かされました。

でも当時最初に作ったF1のプラモはやはりマクラーレンM23(マルイ1/24)。
タミヤは1/20でシリーズ展開していましたが、しかしこれ、各プラモメーカー車名やチーム名の表記が様々で、ワタシの頭が混乱する一因でしたね。マクラーレンM23フォードとか、テキサコマルボロM23とか。

あの頃のF1ドライバーって、ドラマ化に値する人物が多数いたんではないですかね。
顔と名前が一致する数少ないドライバーの一人にロニーピーターソンがいましたが、黄色いヒサシの付いたフルフェイスから覗く鋭い眼光が、子供心にカッコイイなぁ~と思ったものです。

ピーターソンといえば、77年、ビルニューブの大クラッシュの際にぶつけられた相手でしたかね?

ちなみに、ひな親父さんは77年もスピードウェイに観戦に行かれてるんですよ。
全くもって羨ましい限りです。
2014-02-17 月 15:15:32 | URL | keeju [編集]
よかったですね
ひな親父さん、毎度です。

いやー、よかったですね〜。映画&酒盛り&懐かし話で、久しぶりに楽しい一日を過ごしました。

映画パンフに書いてありましたが、入場料は当時7000円だったそうですね。決して安くはありませんが、親御さん、それだけの価値がある事をわかっていたんですね。素晴らしい体験をさせてもらいましたね。
初めてのレーシングカー、それもいきなりF1ではその爆音にチビっても不思議じゃないですね。多分、その辺のてすりのサビがポロっと落ちるくらいの、空気の振動だったんではないかと思います。

ラジカセで録音ってのも時代を感じますね。何処行ってしまったのは残念ですが、しばらくはそのテープを聴いて余韻に浸っていたんでしょうね。

あれから押入れをガサゴソやってたら、当時焼き増ししてもらった77年の写真が何枚か出て来ましたよ。
改めて見ると、当時のF1ってカタチが個性的でしたね。

そういえば6輪タイレルのプラモってとうとう作らなかったな。素組みでいいから一度作ってみようかな。
2014-02-17 月 15:16:55 | URL | keeju [編集]
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